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大阪地方裁判所 昭和57年(わ)3830号 判決

主文

被告人を懲役一年六月に処する。この裁判が確定した日から四年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人藤川勉に支給した分は被告人の負担とする。

昭和五七年八月二一日付起訴状記載の公訴事実については、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、山口組系杉組内中山組組長であつたが、

第一  昭和五六年七月一八日ころの午後一時ころ、守口市梶町三丁目二六番地の元中山組事務所において、同組組員藤川勉(当時一九歳)が同事務所に帰つてくるのが遅かつたので立腹し、同人の顔面を握りこぶしで二回殴打する暴行を加え、

第二  中山組若頭森岡靖と共謀のうえ、同組から逃げ出していた前記藤川勉及び同組組員和田幸夫(当時一七歳)を捜し出し、同年八月一日ころの午後三時ころ、寝屋川市黒原新町一番九号の自宅兼中山組事務所に連れ込み、同所において、こもごも、同人らに対し「お前ら、組から足が洗えると思つているのか。組から逃げたら破門状を回して大阪や守口に住めんようにしてやる。組をなめとつたらあかんぞ」などと申し向け、同人らの身体などに危害を加えるような気勢を示して脅迫し、もつて数人共同し、かつ、団体の威力を示して脅迫したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(一部無罪の理由)

一昭和五七年八月二一日付起訴状記載の公訴事実は、「被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和五七年四月上旬ころから同年七月二八日午後八時四〇分ころまでの間、守口市梶町三丁目二六番地の元中山組事務所内において、二二口径自動装填式ライフル銃の改造けん銃一丁及び同口径銃用ロングライフル型実包三発を隠匿所持していたものである。」というのである。

二竹内完二の証言及び司法警察員作成の捜索差押調書によれば、警察官が昭和五七年七月二八日午後八時四〇分ころから午後九時までの間元中山組事務所内を捜索したところ、長椅子の下から、白色の敷布に包まれた二二口径自動装填式ライフル銃の改造けん銃一丁(昭和五七年押七六二号の一)と同口径銃用ロングライフル型実包三発(同押号の二)を発見し、これを差押えたことが認められる。

三そこで、被告人が右けん銃と実包を所持していたものかどうかについて検討することとする。

1  被告人は、捜査段階において、右けん銃と実包の所持につき一貫して自白しており、これによれば、被告人は、昭和五七年四月上旬ころ、レストランで飲酒後駐車場に出てみると、突然フィリピン人風の男が近寄つてきて「あなたジャパンやくざね。これ買つてくれ。」と言いながら右けん銃と実包を売り付けたので、持ち合わせの現金二〇万円でこれを購入し、同年七月二八日警察官に差押えられるまでの間、元中山組事務所内の長椅子の下に隠匿していたこと、被告人は、同月二〇日、暴行と暴力行為等処罰に関する法律違反によつて逮捕され、引続き守口警察署で勾留され取調を受けたが、その際、被告人が組織していた暴力団中山組を解散するとともに、その証として、右けん銃と実包を同事務所内の長椅子の下に隠匿していることを申し述べたというのである。そして、被告人は、第一回公判においても、右犯行を認める旨陳述していたのである。

ところが、被告人は、第七回公判において、右犯行を全面的に否認し、更に第一〇回と第一一回の各公判において、「竹内完二刑事から、暴力団を解散する証として、けん銃を提出するよう強く迫られたが、自分はこれを持つていなかつたので、『人のやつでもええか。』と訊ねたところ、竹内刑事から『それでもええ。』と言われた。そこで、知人の暴力団組長上岡博がけん銃を持つていると打ち明けたところ、竹内刑事が『上岡に連絡してここへ持つて来てもらわんかい。お前が預けているように話をせんか。』と言うので、自分は上岡博に電話を掛けて守口警察署に呼び寄せたうえ、取調室において、同人に対し『お前に預けていたチヤカあるやろ。返してくれ。』などと言つて頼み込み、取調官の竹内完二も『出してやれ。」などと説得したので、上岡博はしぶしぶこれを承諾し、同人所有のけん銃を元中山組事務所内に隠すことになつた。そしてその翌日警察官によつてけん銃と実包が事務所内から発見された。」というのである。

2  そこで、先ず被告人の捜査段階における自白の信用性について検討するに、右自白内容には、次のとおり信用性を疑わせる点が認められる。

すなわち、

(一) 被告人が右けん銃と実包を売り付けられたというフィリピン人風の男については、本件全証拠によるも、その存在を裏付けるに足りないうえ、フィリピン人風の男に関する供述は、その供述内容からしてもその実在感に乏しいといわざるを得ない。のみならず、右けん銃と実包を買受けるに至つた経緯に関する自白内容は現実性に乏しいものと認められる。

(二) 被告人の懐ぐあいからして、右けん銃と実包を買受けたという同年四月上旬ころ、被告人が現在二〇万円を持ち合わせていたということは、その信用性に乏しいと認められる。

(三) 捜査段階における自白によれば、被告人は、四月上旬ころ買受けた右けん銃と実包を七月二八日警察官に差押えられるまでの間、元中山組事務所内の長椅子の下に隠匿していた、というのであり、そのとおりだとすれば、警察官は、被告人を逮捕した同月二〇日に同事務所内を捜索した際、右けん銃と実包を発見することができた筈である。ところが、同日捜索した警察官渕野勲の証言によれば、四名の警察官で同事務所内を捜索したが、捜索の目的である当番日誌を差押えてその目的を達したため、長椅子を移動させたりなどして同事務所内を隅隅まで捜索しなかつたので、長椅子の下に隠匿されていた右けん銃と実包を見落してしまつた、というが、同人及び被告人の妻中山千鶴子の各証言、司法巡査作成の捜索差押調書によれば、三、四畳しかない同事務所内を四名の警察官でおよそ四〇分間にわたつて捜索していること、長椅子の最下端と床との間隔はおよそ一〇センチメートルあるので、長椅子の下を覗けば、白色の敷布に包まれた全長39.5センチの右けん銃を比較的容易に発見し得ることが認められ、これらに照らすと、捜索の際右けん銃と実包を見落してしまつたとの渕野勲の証言は到底信用できない。そうすると、四名の警察官が懸命に捜索したにもかかわらず、容易に発見し得る筈の右けん銃と実包を発見するに至らなかつたということは、右けん銃と実包が七月二〇日の捜索当時同事務所内に存在していなかつたといわざるを得ず、これを同事務所内に隠匿していたとの自白については、その重要な点において客観的な証拠による裏付けを欠くものということができる。

以上のとおり、被告人の自白内容には、不自然・不合理な点だけでなく、客観的証拠の裏付けがない点もあつて、その信用性を肯定することができない。

3  次に、否認後の被告人の公判における供述の信用性について検討してみるに、これには以下に述べるとおり、それが信用できないものとして排斥するに足りる事情は見出すことができないのである。

すなわち、

(一) 前記のとおり、右けん銃と実包が七月二〇日の捜索時には存在しなかつたのに、同月二八日の再捜索時に発見されるに至つたことに照らしてみると、被告人以外の者によつて同月二〇日から同月二八日までの間に右けん銃と実包が元中山組事務所内に隠匿されたことが窺われる。

(二) 被告人が守口警察署の取調室において上岡博と面談した翌日、右けん銃と実包が警察官によつて元中山組事務所内で発見されて差押えられたこと、同人が配下の者を法廷で傍聴させたりして本件の公判の成り行きに重大な関心をもつていることに照らしてみると、同人が右けん銃と実包について深いかかわりを有しているのではないだろうかと疑われる。この点について、同人は、取調室で被告人と面談した際、被告人から手形の支払期日の延期を頼まれたにすぎず、けん銃に関する話は一切出なかつたと証言し、竹内完二の証言もこれと符号するが、経済的に逼迫していたとはいえ、被告人が、手形の支払期日の約二週間前からその延期を依頼するため、上岡博をわざわざ呼んで警察官立会いのうえ取調室で面談するということは、通常考えられないところであるから、同人らの右証言をそのまま信用することはできないといわざるを得ない。

(三) 被告人が右けん銃と実包を所持していたのであれば、その取扱方について知悉している筈であるのに、竹内完二の証言によれば、被告人は、取調官から右けん銃と実包を示された際、その取扱方に戸惑つていたことが認められる。

(四) 被告人は、当公判廷において、保釈後に上岡博から「けじめをつけろ。」と言われ、暗に右けん銃と実包の代金を請求されたことがあると供述しているところ右供述には不自然なところが認められない。

(五) 被告人の妻千鶴子は、右けん銃と実包が警察官によつて差押えられた日の前日、上岡博から「けん銃を隠すから事務所の鍵を貸せ。」と言われたので、しぶしぶこれに応じて、同人の配下の者に白色の敷布と鍵を貸し与えたと証言しており、同女が右のような事情を打ち明けるに至つた経緯及び同女の証言が詳細かつ具体的であることなどに照らしてみると、同女の証言はかなり信憑性の高いものと認められる。

これらの諸事情に照らすと、否認後の被告人の公判における供述は、それが信用できないものとしてこれを排斥することが困難であるといわざるを得ない。

四以上、説示したとおり、被告人の捜査段階における自白には重大な疑問があり、かえつて否認後の被告人の公判における供述はかなり信憑性の高いものといわねばならない。

そうすると、被告人が右けん銃と実包を所持していたということはできず、取調を担当した警察官から暴力団を解散する証としてけん銃を提出するよう迫られた被告人が、けん銃を所持していなかつたため、苦し紛れに、知人の暴力団組長上岡博がけん銃を所持していると述べたところ、警察官からこれを差出すよう求められたので、上岡博を守口警察署に呼び寄せ、同人に対し、同人が所持していたけん銃を被告人が所持していたように装つて元中山組事務所内に置いて欲しい旨依頼したところ、これを承諾した同人が同事務所内に右けん銃と実包を隠匿したというほかはなく、したがつて、本件については結局犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をすることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(打越康雄)

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